Research 1 金属核数・組成が制御された固定化金属ナノクラスター触媒の表面精密合成法開発 |
Research 2 選択触媒反応を可能にする表面モレキュラーインプリンティング錯体触媒の創製 |
Research 3 サブナノオーダー金属クラスター「分子」の化学 |
Research 4 X線ナノビームを用いた触媒粒子1粒の構造解析 |
Research 5 燃料電池電極触媒のリアルタイム・3次元解析 |
金属原子が数個から数百個集まった金属ナノクラスター触媒は、単核の金属錯体では見られない金属―金属結合に由来する特異な触媒特性の発現が期待でき、さらに担体表面上に固定化することで触媒の安定性、再利用性が向上することが知られています。一方、これまでに報告されているナノクラスター合成法では基本的に分布を持った構造ができるため、真に触媒活性を有するナノクラスターのみを構築することが難しく、また、ナノクラスター触媒の構造と触媒反応の関係を理解することが、明確な構造を持つ金属錯体と比較して難しいのが実情です。さらに、表面固定化金属ナノクラスターは,触媒反応条件で凝集を引き起こすことも多く、その構造を保ったまま定常的に触媒活性を得ることも難しい等の課題があります。また、任意の金属の組み合わせで金属核数・組成を制御した金属ナノクラスターを自在に担体表面上で調整する方法については未だ達成されていません。
私達は、担体表面上で直に、且つ凝集に対して安定に、金属核数・組成が制御された金属ナノクラスターを創出する「表面精密合成」法を開発することを目指しています。この画期的な方法が実現できれば、金属核数・組成が制御された金属ナノクラスターが担体表面上で自在に合成でき、新規触媒反応への展開が可能になるとともに、作り分けた金属ナノクラスターの触媒構造と触媒反応特性の関係を、金属錯体触媒と同じように、分子レベルで明らかにできることが期待され、金蔵ナノクラスター触媒の化学に新しい概念を提示できる可能性を秘めています。
これまでに、高い分散度でシリカ表面に固定化したRu3核錯体に対し、表面上でのナノクラスター変換法 (加熱・還元等) を適切に駆使することで、サイズ分布が極めて小さく、且つアルコール類の選択酸化反応活性を示すRuナノクラスターの調製に成功しました (図1)。現在、原子レベルで金属核数・組成が制御されたRu3核錯体を出発点として担体表面上に固定化し、金属ナノクラスターの金属核を表面上に集積する方法を考案しています。固定化する金属錯体の数と種類を制御することが、金属核数・組成が制御された金属ナノクラスターの元となります。次にその周囲を適切なポリマーから成る薄層マトリックスで孤立化した後、先に見出したナノクラスター変換法をうまく適用することで、金属核数・組成が制御された金属ナノクラスターを担体表面でダイレクトに調製することを目指しています。
図1 Ru3核錯体のシリカ表面固定化と続くナノクラスター変換法 (加熱・還元等) による、サイズ分布の小さいRuナノクラスターの調製とアルコール類の選択酸化反応活性。
References
1. S. Muratsugu, M. H. Lim, T. Itoh, W. Thumrongpatanaraks, M. Kondo, S. Masaoka, T. S. A. Hor, and M. Tada, Dalton Trans., 42, 12611-12619 (2013). (selected as an inside front cover).
現代社会で必要な様々な有用化学物質の合成には触媒が利用されており、高活性、高選択性、高安定性を兼ね備え、高難度触媒反応を実現する新規触媒の創製は、化学における重要課題の一つです。優れた基質特異性を発現する天然の酵素は、触媒活性点 (金属錯体、有機官能基等)、基質との水素結合により相互作用が可能な結合サイトを有し、その周囲をタンパク質が3次元的に取り囲んだ分子認識空間―反応空間を有しています。このような天然酵素の構成要素を人工的な触媒へと応用することは、高い選択性を発現する新規触媒の創製に有望なアプローチの一つです。
私達はこのような天然酵素にインスパイアードされた、高い選択性を発現する新しい触媒、「表面モレキュラーインプリンティング錯体触媒」を開発しています。「モレキュラーインプリンティング (Molecular Imprinting)」は、有機、及び無機ポリマーで構築されたマトリックスの内部に、ある特定の鋳型分子の形状を模倣した空間を構築する方法ですが、私達は酸化物表面に固定化した金属錯体の配位子を「鋳型分子 (鋳型配位子, Template)」とした新しい表面モレキュラーインプリンティング法を考案してきました (図1)。この方法では、均一系金属錯体触媒と比較して、触媒活性点の孤立化・固定化の効果により金属錯体の安定性が付与され、また、固定化錯体構造由来の新しい触媒反応の実現も可能な、酸化物表面固定化金属錯体を用います。この固定化金属錯体に、目的分子の反応中間体の構造に類似した配位子を鋳型分子として配位させます。続いて、その周囲に適切なポリマーから成る薄層マトリックスを積層することで、鋳型分子の型どりを行います。最後に鋳型分子を脱離させることで、鋳型分子と類似な形状を有する選択的反応空間 (キャビティ) を触媒活性点である固定化金属錯体近傍に構築することが可能となります。
私達は、SiO2表面に固定化したRu錯体触媒を用いた表面モレキュラーインプリンティング触媒を展開しています。これまでに、形状選択性に加えて分子内位置選択性を付与した表面モレキュラーインプリンティングRu錯体触媒 (図2)、また、ある特定の基質と選択的に相互作用する官能基をキャビティ内の適切な空間的位置に設け、対象基質の触媒活性を向上させた表面モレキュラーインプリンティングRu錯体触媒を開発してきました。現在は、糖類などの有用化合物の選択的合成を指向した新しい表面モレキュラーインプリンティング金属錯体触媒の創製を目指し、天然酵素触媒を超える機能を有する人工酵素触媒の創製を目指します。
図1 表面モレキュラーインプリンティング金属錯体触媒の設計概念図。
図2 リモネンの末端二重結合の位置選択的エポキシ化反応を可能にした表面モレキュラーインプリンティングRu錯体触媒。
References
1. S. Muratsugu,and M. Tada, Acc. Chem. Res. 46, 300-311 (2013,).
2. Y. Yang, Z. Weng, S. Muratsugu, N. Ishiguro, S. Ohkoshi, and M. Tada, Chem. $2013Eur. J. 18, 1142-1153 (2012).
3. Z. Weng, S.Muratsugu, N.Ishiguro, S.Ohkoshi, and M. Tada, Dalton Trans. 40, 2338-2347 (2011).
大きさをナノメートル単位にした金属の塊である金属ナノ粒子は、サイズや構造のわずかな違いに応じて反応性や性質を大きく変化させることから、無機化学をはじめ幅広い分野の研究者の興味を引き、合成・利用が力強く進められています。しかし、現在までに合成し利用されているものは、金属の数や構造に分布のあるナノ「粒子」であり、わずかな例外を除いて単一化合物としての「分子」ではありません。また、用いられる金属の種類も貴金属のAu, Pt, Pdに偏ってきました。では、ナノサイズに迫る大きさまで金属を集合させてできる、金属数や構造が定まった分子、すなわちサブナノオーダーの金属クラスター「分子」を精密に合成できれば、さらには貴金属だけでなく、高い反応性が期待できる鉄族元素(Fe, Co, Ni)を含む幅広い金属元素を用いてクラスター分子を合成できれば、何が期待できるでしょうか?これまで不明瞭であった金属数や構造と反応性や性質の関係を明らかにする機会が得られるだけでなく、新しい材料や触媒の設計・開発にも繋がるポテンシャルがあることから、基礎・応用の両面に大きなインパクトを与える可能性があるでしょう。
分布の無い金属ナノ「分子」を合成・単離することは、重合反応に例えるなら分子量分布の無いポリマーを合成することに通じる難しさがありますが、我々は独自に開発してきたクラスター合成反応を応用して、例示したクラスター化合物をはじめとした、幾つかの化合物が得られる様子を見いだしています。これら一連の、我々でなければ合成できない美しい分子群は、ナノ粒子よりやや小さく、またナノ粒子と異なりサイズや構造に分布が無いという特徴があります。これらを少し広い概念で捉えると、「サブナノオーダー金属クラスター分子の化学」という新しい化合物カテゴリーが提供できるのではないかと考えてます。
様々な物質合成反応に固体触媒が利用されています。多くの固体触媒はナノ~ミクロンサイズの粒子で構成されており、これら1つ1つの触媒粒子は、一般に個々に形状・サイズが異なっており、触媒性能や反応性が1粒ごとに異なることが予想されます。
固体触媒の構造やはたらきを解明するため、固体触媒の構造を捉えることが出来る様々な測定方法が開発されています。しかし、多くの場合に得られる情報は不均一かつ複雑な触媒粒子の集合体におけるマクロな平均情報であり、触媒の活性・選択性や触媒作用のメカニズムを詳細に理解することはとても困難でした。
この様な不均一かつ複雑な固体触媒粒子の反応メカニズムを解明して、より良い触媒の設計・開発を進めるためには、ナノ~サブミクロンサイズの触媒粒子1粒の構造や電子状態情報を直接とらえることが必要となります。我々のグループでは、世界最先端の大型放射光施設SPring-8において、極めて細いナノ~サブミクロンサイズの極細X線ビームを作り出す事で、触媒粒子1粒内部の構造を明らかにすることに取り組んでいます。これまでに、X線ナノビームを用いた顕微XAFS(X線吸収微細構造)法により、自動車用排ガス浄化触媒Pt/Ce2Zr2Ox粒子内のCe価数分布の可視化に世界で初めて成功しています。
最先端のX線ナノビームを使った空間分解顕微XAFSによる触媒粒子1粒内部の構造解析により、物質変換プロセスに極めて重要な役割を果たす固体触媒のはたらきをより詳細に解明することが出来ると期待されます。これまでの経験的な触媒開発ではなく、科学的知見に基づいた触媒設計・開発の指針を提供すると共に、持続可能な社会の発展を生み出す革新的な触媒プロセスの実現に貢献できると期待しています。
固体高分子形燃料電池(PEFC)はクリーンかつ高効率な次世代動力源として、自動車をはじめとする様々な分野での実用化が期待されています。
PEFCではアノード触媒として白金などの金属微粒子を用い、燃料である水素をプロトン(H+イオン)に変換し、この時放出される電子(e-)は外部回路を流れます。他方、生成したプロトンは高分子電解質膜を通過してカソード側に到達後、合金を含む白金系触媒を介して酸素と反応し水を生成します。一般に、カソード側の反応がアノード側の反応に比べて遅く、触媒劣化も顕著であることから、燃料電池の幅広い実用化に向けては、カソード触媒の性能および耐久性の向上が必須です。特に、触媒として用いられている高価な白金の使用量を低減させ、その耐久性を向上させることは、燃料電池車の実用化および普及のカギとなっています。
これらの問題に取り組むには、カソード触媒層における触媒反応および白金触媒の劣化挙動を直接捉え、そのメカニズムを解明する事が求められます。しかしながら、カソード触媒層、高分子電解質膜、アノード触媒層の三層構造である膜電極接合体(MEA)において、MEAを破壊する事なく劣化挙動および白金触媒粒子の分布や化学状態を直接測定することは、これまで困難でした。
我々のグループでは、世界最先端の放射光技術を用いる事で、PEFC運転時の触媒反応・劣化メカニズムを解明する事を目指しています。これまでに、触媒表面での反応メカニズムをリアルタイム解析すると共に、白金触媒の分布・化学状態を3次元可視化することに成功しています。
PEFCの実用化に向けては、依然として様々な課題・不明点が残されており、革新的な燃料電池触媒やMEAの開発が求められています。これらの世界最先端の測定技術によりPEFC運転時の電極触媒の反応・劣化メカニズムを解明し、より耐久性の優れたMEA開発のための基盤情報になることが期待されます。